「あ、レイ〜♪ ちょっとちょっと♪」
「.....?」
「んふふ〜♪ ハイ、これ! 開けてみてよ♪」
「...服...?」
「そ! いっつも制服ばっかじゃつまんないでしょ?」
「問題ありません.....」
「どぁめよっ! いい若い女の子が! いい?! あなたスタイルだっていいし、
お肌だって、ほら...くぉんなに透き通りそうに白くて...ぴ〜んと張り詰めて
るんだしぃ。 しかもこぉ〜〜〜んなにスベスベなのに! もったいないわよ!」
「.....よく、わかりません.....」
はぁぁぁぁぁ...。 がっくり。 肩を落として。 思いっきり、ため息。
「いい?! プラグスーツ脱いだら、今日はそれ着て帰りなさい!」
「命令なら、そうします」
「ま、命令じゃないんだけど、さ...。 あ、そ〜いえば今日、あたし当直で泊まり
なのよね〜。 弐号機の調整があるから今夜はリツコがアスカのこと放さない
だろうしぃ...。 何だったらシンちゃんに声かけておくから送ってもらったら?
別にウチに泊まってってもいいんだけど♪」
「...!!!」
「制服ばっかりじゃなくってさ〜、たまにはそういう服着てるとシンちゃんも
喜ぶと思うんだけどな〜♪ 思わずムラムラっときちゃったりして♪」
「..........これ、着ます..........」(ぽっ)
「そ♪ じゃ、そろそろこっち来ると思うから、シンちゃんに言っとくわね。
そうそう、それ、ひとわたり全部入ってるからさ、入ってる分だけ着るのよ。
余分に着るのも残すのもなし! いいわね?」
「はい.....」
「ん! じゃ、私はシンちゃんに声かけたら戻るわ。 お疲れさま!」
珍しく、いそいそとロッカールームに消えるレイの後ろ姿に、にんまりと笑うミサトであった。
いつものようにプラグスーツを脱いで。
いつものように回収シュートに放り込み。
いつもより丹念に、LCLを流し。
体を、髪を、洗う。
いつものように丁寧にタオルドライ。
いつもは使わない、備え付けの櫛で髪を梳かす。
「...タンクトップ...」
薄く。
胸元がこれでもかと深く切れ込んでいる。
「スカート.....」
やはり、薄手。
タイトで、しかも、とびきり短い。
「パンティ.....」
いつものより、薄い気がする。
少しレースが入って、白。
ビキニタイプ。
「...ブラジャー...入ってない...。 この箱.....パンプス...?」
知識として知ってはいる。 が。 履いた事は、ない。
「靴下.....入ってない.....」
とりあえず、着てみる。
何となく、胸元が心細い気がして。
試しに、いつものブラジャーも着けて、仕切りなおし。
「..........違う気がする..........」
邪魔。
ストラップも、カップも。
みんな。
作り付けの姿見に映る姿は、お洒落には疎いレイにさえ、いかにも不自然に見えた。
レイ、敗北。
元に戻す。
パンプスの箱にいつもの靴を仕舞い、いつもの服を、下着を、軽く畳んで。
まとめて、袋に入れる。
最後に。
もう一度、姿見の前でひとまわり。
ほんのりと上気した自分の頬が、不思議だった。
−−− たまにはそういう服着てるとシンちゃんも喜ぶと思うんだけどな〜♪
ミサトの言葉が、脳裡を過る。
「碇、くん...喜んで、くれる...?」
果たして。
「あ.....」
ロッカールームから現れた少女の姿を見て。
声をかけようとした少年が。
思わず、息を飲む。
−−− あ...。 綾波...着けてないんだ.....。
肝心の部分は、辛うじて隠されているけれど。
白というより、生成りに近い色合いのタンクトップ。 その胸元は深く切れ込んで。
強烈に「女性」を主張する双丘の創りだす鮮やかな谷間を。
ダイレクトに。 大胆に。 余すところなく、晒しきる。
淡いピンク、薄手のタイトなスカートが魅惑的なヒップラインを強調し。
控えめな布地。
ギリギリまで切り詰められたそれは、すらりと伸びた脚線美の秘匿を許さない。
パンプスに収まるまで。
優美な曲線も。
透き通るようなその肌も。
遮るものは、何もない。
−−− ね、シンちゃん♪ 奇麗なもの、好き?
−−− そりゃ好きに決まってるじゃないですか。
−−− そ♪ じゃ、奇麗なものなら、見ていたいって思う?
−−− そりゃ、そうできるなら...
−−− うんうん♪ そうよね〜♪ 奇麗なものはしっかり見てあげなきゃ失礼って
もんよね〜♪
−−− はぁ.....
−−− .....そういえば.....レイのお肌って綺麗よね〜。 透き通りそうに白くてさ、
ぴ〜んと張ってて艶もよくて♪
つい数分前の、ミサトとの会話。
にんまり笑ったその表情ごと、思い出し。
思わず、呆気にとられて。
−−− ミサトさん.....これは反則だよぉ.....
成長期を、舐めてはいけない。
ただ、急激に背が伸びるだけではないのだ。
いつも見るのは。
制服か、プラグスーツ。
細部はともかく、基本的なデザインは、変わらない。
そのせいか、気付いていなかった。
ほんの数ヶ月前。
事故とはいえ。
全てを目にした。
あまつさえ、その膨らみをこの掌に収めもした。
だが。
忘れてはいけない。
プラグスーツも、3人の成長に合わせて、月単位で作りなおされているのだ。
制服だって。
誰にでも似合うように、体形の差が分かり難いように、配慮されたデザイン。
変わらないという、錯覚。
すっかり、騙されていた。
少女の肉体は。
明らかに。
まろやかさを増し。
以前より豊かに。
ますます美しく成長して。
ただシンジだけを、艶やかに誘っていた。
頬が、熱い。
美しいものを、美しいままに。
無駄に飾らず、際どいほどに、魅せ尽くす。
装いひとつで、少女は驚くほどの変貌を遂げるのだ。
気が付くと。
目の前に、ルビーの瞳。
そして...。
思わず、視線が落ちる。
まだ少し固さを残した。
でも、充分に熟れた。
そろそろ食べ頃の、フレッシュな果実が、ふたつ。
そこから漂う少女自身の香りさえ、いつも以上に鮮やかで。
「私.....変.....?」
「え? あ、そ、そんなこと、ないよ...。 う、うん...すごく、よく似合ってて...
美味しそうだよ」
『美』という名の、視覚的衝撃。
間近に感じる、甘い芳香。
真っに塗り潰される思考。
自分が何を口走ったかさえ、上の空。
「美味し、そう...? ...私、が.....?」
少女の美しい貌に、歓びが満ちて。
「.....よかった.....」
微笑みが、零れた。
エレベーターの中で。
通路で。
地上への列車の中で。
瞳に。
唇に。
うなじに。
腕に。
脚に。
そしてもちろん、胸元にも。
ちらちらと投げかけられては慌てたように正面に戻る。
素肌に注がれる少年の視線が、心地好い。
初めは、刹那だけ。
それが、少しずつ、長く。
通り過ぎるだけだった、シンジの視線が。
留まり。
やがて、絡みついてくる。
シンジに、求められている。
そのことが、嬉しい。
歓びは。
我知らず、少女に微笑みをもたらし。
さらに。
少年の視線を釘付けにしていく。
ふと気がつくと。
ミサトのマンションでも、レイのアパートでもなく。
公園の入り口にいた。
そろそろ夕食時だからだろう。
人気がなく。
ただ、いくらかの鳥たちが屯する。
「あ、あれ...? なんでこんなところ、来ちゃったんだろう?」
少女の答えは、ない。
「はぁ...。 ちょっと、座ろうか」
「えぇ...」
レイは、手近なベンチに腰掛ける。 シンジも、レイの右隣に。
すこしだけ、距離を空けて。
少女の瞳に、刹那、失意が掠める。
と。
何かが、足元に寄って来た。
「...?」
「キジバト、だね」
「キジバト...?」
触れてみようとすると、おっとりどてどてと逃げる。
が。
それでも、飛ぼうとはしない。
少し距離を置いて、こちらを伺っている。
「はは...(^^)。 あ、そうだ!」
少年が、ごそごそと鞄の中を捜し。
紙袋から、バターロールを一つ取り出した。
「昼にね、食べようと思って持って出たんだけど...なんだか食べそこなっちゃってね」
そう言って、千切って投げてやると。
2羽のキジバトが、仲良くついばむ。
そうしていると。
「スズメ...たくさんいるね」
「...そうね...」
答えながら、ルビーの瞳はキジバトの方を追っている。
「...あれ? どうしたの?」
「.....キジバト.....」
「え? あ、あれ? いつの間にかあんなところまで押し出されちゃったんだ(^^;」
そう言いながら、キジバトの方にもパンを投げてやると、ようやくありつけたようだ。
が。
程なく、スズメに気付かれた。
端の方から、わらわらと動きだす。
キジバトは、
またしても、押し出される羽目に。
「あ、あれ?(^^; また押し出されてる」
少女が、軽い笑い声を漏らす。
「あ、綾波?! どうしたの?」
「キジバト...碇くんみたい...」
「あ、あははははは(^^;;;;;」
苦笑しながら。
再びキジバトの方にパンを投げる。
と。
黒い影がすい、と掠め。
投げたパンが、消えていた。
キジバトは、何が起こったか分からないように、あたりを見回し、途方に暮れている。
咥えたパンを飲み込んで。
一声、その名の通り、ヒーヨ、と高らかに鳴く。
「ヒヨドリだ...。 こんな近くで見たの、初めてだな。 ...意外と、奇麗なんだね」
「そうね...。 でも、私はキジバトの方が好き」
「へぇ...。 そうなんだ...」
「.....碇くんみたいで...可愛いもの.....」
「.....え?!」
投げかけていたパンが、狙いを逸れる。 枝を離れたヒヨドリがすかさず翔び立ち。
...取り損なった。
パンの落ちた脇に降りて。
途方に暮れたように小首を傾げ。
落ちたパンを眺め。
でも、拾おうとはせず、枝に戻って。
ねだるように、一声鳴く。
「あれ? どうしたんだろう?」
もう一度、今度はヒヨドリが取り易そうなところへ投げてみると。
今度は空中でナイスキャッチ。
適当な枝にとまって。 咥えたパンを平らげると。 満足げに一声鳴いて、
どこかへ飛んでいく。
「あはは...(^^;。 何だか、遊んでるみたいだったね」
「そうね...」
「綾波も、あげてみる?」
残り少なくなったパンを半分、レイに渡す。
レイがキジバトの方にばかりやるので、自然と、牽制するように、シンジはスズメの方にばらまいてやる。
「スズメもさ、あんなにいるんなら、1羽くらい手乗りになってもよさそうな
もんだよね」
「...手乗り...?」
「そう。 知らない? 文鳥とか、セキセイインコとかさ、雛の頃から上手に
育てるとね、怖がらないで人の指にとまったり肩にとまったりするようになる
んだよ。 ...そういえば、セキセイはイヌビエとかタマシダとか、好きだったな」
「イヌビエ...タマシダ.....」
知識としては、知っている。
「うん。 水あげても浴びるばっかりでほとんど飲まないんだけど、水気の多い
餌は好きだったみたいだな」
「セキセイインコ.....飼っているの...?」
そんな情報はないけれど。
「あ、その、飼ってる、というか...ここに来る前にさ、先生のところで...」
「そう...」
レイには、籠の鳥が、自分に重なって見えた。
そう。
少女は、そんな風に育てられた。
逃がさないように。
主に食いつかぬように。
稀に、野生に還るものはいる。
だが。
多くは。
籠の鳥は籠の鳥。
籠から逃げ出せば。
そこは、厳しい自然。
居場所は、ない。
−−− 籠の鳥...それは、私...。 でも...私は、あの籠より.....
少女の視線は。
いつしか、キジバトから、隣に座る少年へと移っていた。
愛しい。
恋しい...。
少しずつ、その意味が分かり始めていた。
少女の、未だ男性を知らぬ肉体が。
軽く、熱を帯びる。
程なくパンが無くなると。
スズメたちは、しばらく様子を見ていたけれど、三々五々、散っていった。
2羽のキジバトも、どてててて、と大儀そうに飛び。
手近な枝にとまって。
お互いに、羽繕いを始めた。
「仲、いいみたいだね。 夫婦なのかな?」
「.....夫婦.....」
キジバトの方を見ていたシンジは、レイの頬が淡く染まっていることに気付かない。
と。
突然。
一羽が、もう一羽の背にとまる。
二羽揃って、バランスをとるように激しく羽ばたき。
下の一羽が、高々と尾羽根を上げる。
もう一羽の尾羽根が交差して。
程なく、離れた。
その間、数秒。
二羽は、暫くふぅふぅと息を整えて。
羽根を膨らませ。
暫くすると、何事もなかったようにお互いの羽繕いを再開した。
その様子に。 ふたり、目がテン。
「..........今の、なに.....?」
「え?! え、えと...その.....」
回答に詰まる。
「....................可愛い雛、産まれるといいね...」(汗)
「.....!!!!!」(ぽっ)
その意味を理解した少女が、頬を染める。
ふたりして、暫く固まった。
真っ白になった意識の中。
無意識に。
レイは、シンジに身を寄せた。
7センチの距離が、ゼロになり。
暫し、黒い瞳とルビーの瞳が見つめあう。
自分でも何故だかわからないまま。
どちらからともなく。
唇が、重なって。
少女の手が、少年のそれに重なり。
そっと、胸元へと導く。
おずおずと。 シンジの手が、谷間から滑り込み。
捧げられた、年齢の割に豊かな乳房をそっと包み。
やがて。
堪えきれず.....。
全てを捧げるように。
包みこむように。
少女のしなやかな腕が。
愛しい少年を。
優しく。
しっかりと、抱きしめた。
ゆっくりと落ちてゆく夕陽の中。
時が止まったように。
永く。
深く。
初めてのくちづけを交わす二人を。
ただ、キジバトのつがいだけが。
どて?と小首を傾げて眺めていた。