「ミサトさ〜ん! どこまで行くんですかぁ?!」
「ん〜、もうちょっと!」
「さっきからそればっかりじゃないですか。 何だか雲行きも怪しくなってきたし」
「そうねぇ...」
何故か、登山中のミサト、シンジ、そして、レイ。
「頂上まで行くのは無理っぽいですよ。 それに、引き返すなら早い方が...」
「あ、だ〜いじょうぶ♪ 頂上までは行かなくても大丈夫だから」
「もう...。 だったら何のために...。 そろそろひと雨来そうですよ」
「う〜ん、確かにちょ〜〜〜っちヤバい感じになってきたわね〜。
レイ、大丈夫?」
「問題ありません...」
「はぁ...」
「ん? どったの? シンちゃん」
「い、いや、その...帰ったら、アスカが、その...黙ってないだろうな、って...」
脳裡に浮かぶのは、絵に描いたような、赤鬼の、姿。
「ま、ね〜。 仕方ないんだけどねぇ。 パイロット全員が本部を離れるって訳には
いかないんだしぃ。 健在なのは弐号機だけ、零号機は修理中だし初号機は遅れに
遅れた定期メンテナンス中だからねぇ。 アスカには本部に詰めててもらわないと
いけないけどさ、ど〜せあんたたち二人とも居ても何もできないんだから♪
パイロットの互換性あるのは零号機と初号機だけだもんねぇ〜」
「それはそうなんですけど...」
いざという時、代われるものなら世話はないのだ。
「それにねぇ、司令にレイを連れ出す許可貰いに行ったら『シンジと一緒なら許可
する』なんて言ってたし♪ シンちゃんも一緒に連れ出す許可取るのどうしよう
って思ってたんだけど、拍子抜けしちゃったわぁ」
「と、父さんが?!」
「そ♪ ま、いろいろ条件も付けられちゃったけどね」
「じょ、条件、って...」
「あ〜、心配ない心配ない! とりあえずアスカ方面以外からシンちゃんに危害が
及ぶようなのは入ってないから♪」
「大丈夫...。 碇くんは私が護るもの.....」
「お、レイも言うわね〜」
「あ、あはははは...。 それにしても、頂上まで行くつもりじゃなくて、どうして
富士山なんですか? ご来光を見に行くって時間でもないし」
「ん〜、それは後のお・た・の・し・み♪ それとも世にも珍しいレイの私服姿が
ジーンズにNERV謹製ボマージャケットなんで拗ねてるのかなぁ?」
にんまり。
チェシャ猫笑いのミサト。
「な、なに言ってるんだよぉ! だって、登山じゃしかたないでしょ?!」
「ふぅ〜〜〜〜〜ん.....」
すっかり「オヤジ」化。
しかも。
『謎』の密命でタガが外れていた。
「な、何ですか?!(.....そりゃ、どうせならミニとか見たいけど.....)」
「んっふっふ〜♪ このミサトおね〜さんにぬかりはないわよン♪ せっかく
レイの服用意するのにこれだけなんて思ってないでしょうね♪ .....お!」
ちらり。
ちらり。
白いものが、舞い降りる。
「.....雪だ.....」
「.....雪.....? これが、雪.....」
地面に落ちると、溶けてしまう。
でも。
体温を逃さないジャケットに。
手袋に。
少しずつ、積もる。
「はぁ〜。 まさか、こうもお誂え向きに降ってくれるとまでは期待して
なかったわね〜 .....リツコが何とかするとか言ってたけどぉ.....」
「もしかして、綾波に雪、見せよう、って?」
最後の呟きは聞こえていないようだ。
「そ♪ 見たことないって言うし。 シンちゃんは第2にいた頃に見てるのかな?」
「えぇ。 山では。 降ってるところは、初めてですけど。 .....そうか、それで、
富士山なんだ...」
常夏になって。
平地や、生半可な山では、雪など降らなくなって久しい。
それでも。
富士山や、他の高峰には。
今でも、雪は降った。
随分と、少なくはなってしまったけれど。
いまや、雪と戯れるには、かなりの高さまで車で登れる富士山が、絶好のポイント。
「降るとまでは期待してなかったけどね。 ここならもうちょっと登れば万年雪も
残ってるからね〜。 はぁ〜、それにしても、あたしも降ってるところは久し
ぶりに観るけど、綺麗よね〜」
「そうですね...」
「.....雪.....息がかかっただけで、消えてしまうのね.....」
「綾波...?」
手袋に包まれた掌。
積もった雪も、僅かな吐息で、溶けてしまう。
「.....私と、一緒.....」
あまりにも透明で。
あまりにも綺麗で。
あまりにも儚くて。
そのまま、雪と一緒に消えてしまう。
そんな、気がして。
「綾波! そんなこと、言っちゃ駄目だよ...」
「碇、くん...?」
思わず、抱きしめた。
「消えたりなんか、しちゃ、嫌だよ...」
温もりを伝えない、耐熱ジャケット。
でも、胸の鼓動は伝わった。
そこだけが、触れ合う素肌。
お互いの頬の、温もりが心地好い。
「.....碇くんが.....」
「...え?」
「碇くんが、私のこと、欲しいなら...碇くんに、あげる。 碇くんが、受け取って
くれるなら...碇くんが、必要としてくれるなら.....私は、消えないわ.....」
甘く、瑞々しい。
それでいて、何故か不思議に、懐かしい。
少女の香りが、鼻腔をくすぐって。
「うん.....。 だから、消えたら、駄目だよ...」
「.....ひとりじめに、してね.....」
縋るような。
祈るような。
囁き。
「うん.....」
つい。
抱きしめる腕に、力がこもり。
しなやかに。
少女の腕が、少年の背に、回されて。
意外なほどの、抱擁の力強さ。
微かな、汗のにおい。
折れてしまいそうな、細い腰。
それでいて。
柔らかに、すべてを受け入れてしまうような、豊かさ。
まろやかさ。
お互いの、からだ。
いのち。
全身で、感じて。
ふたりでひとつ。
補いあう存在。
異性。
そのことが、嬉しい。
「.....あの〜、お二人さん、とぉ〜〜〜〜〜ってもお熱いところ悪いんだけどぉ、
何だか、雪がスゴいことになってきてるのよね〜」
「え? え?! えぇぇっ!!! な、何ですか、これ?!」
いつのまにやら、大雪になっていた。
「とゆ〜わけでぇ...とっとと下山するわよっ! 下手すると遭難だわ!」
「そ、そうですね。 急ぎましょう! さ、綾波!」
「えぇ...」
「さってと! 下りたら温泉よン! 今回は小さい民宿だけどぉ、司令持ちで
貸し切りだからね! 知る人ぞ知る、って感じだけどぉ、露天風呂が絶品だっ
て評判の宿なのよ〜♪ そうそう、お風呂あがりにはファッションショーも
予定してるわよ〜♪ モデルはレイ、観客はシンちゃん、プロデューサーは
あ・た・し♪」
「え?!」
「マヤと二人でね〜、いろいろ選んできたのよン♪ レイってばせっかく素材は
いいのに制服ばっかりだもんね〜。 もったいなくって♪ ま、さすがに
ネコとか怪獣とかぁ、着ぐるみ系は却下しといたから安心していいからね〜」
「み、ミサトさぁ〜〜〜ん」
「あらぁ〜、シンちゃぁ〜ん、レイの浴衣とかミニとかタンクトップとかぁ、
見・た・く・な・い・のぉ〜?」
「そ、それは.....その.....」
反論できないシンジであった。
「んふふ〜♪ 見たいみたいね〜♪ レイもシンちゃんにいろんな自分を見て欲しい
わよねン?」
「はい」
「お、即答したわね♪」
「碇くんが、喜んでくれるなら...」
「おぉ〜♪ よかったわね〜、シンちゃん♪ とゆ〜わけでぇ、後の予定も決まった
事だし、急ぐわよン! それにしてもレイがそこまで言うとはね〜」
「センパイ、ちょっと、降り過ぎちゃいましたね...」(汗)
「そ、そうね...。 改良の余地、まだまだあるわね...」(汗)