第十夜 シャリアン=エクセリア


 あのミュータントは、必ず私が殺す。

 森エルフの舞闘家であるシャルリアン=エクセリアスは、そう言い残して故郷の森を旅立った。
 彼女の妹シャルレーナは、カナディアというミュータントに恋人を殺され、婚姻前の清い身を汚された。
 彼女の戦友だった舞闘家達は、突如変異したカナディアの反撃により、蜂の巣になって死んだ。
 生き残ったのは、部隊唯一の女舞闘家しにして、指揮官だったシャルリアン一人。
 決して自らの命を絶つことのないよう妹に言い聞かせ、癒えない傷に治療の呪文をかけてもらい、シャルリアンは広大な旧帝国の地にカナディアを追った。
 私怨よりも、憎悪よりも、何よりエルフの誇りに賭けてやり遂げねばならない旅だった。

 森を彷徨い、人間の都市を訪れ、シャルリアンの旅は続いた。
 混沌の軍勢を追う冒険者の一隊に加った彼女は、そこで同じように混沌に復讐しようとする仲間達に出会った。
 バセリオという騎士は、東方山脈までヴェリナス司祭の護衛をし、生きて帰らなかった弟の仇を討つのだという。
 コーネリアスは帝都の天上魔術学院の出で、混沌の軍勢に連れ去られた思い人…一方的なものだったらしいが…を取り返すのだという。
 元盗賊のメンガスは消滅したある小都市の生き残りで、彼の養女だったハーフエルフを探しているのだという。
 そして……
 集まった四人全ての追う混沌が、一つに集まる軍勢を、シャルリアン達は発見した。

 その混沌の軍勢は、黒の森にある山賊の砦を滅ぼし、その跡地に駐屯していた。
 高台からそれを監視していたシャルリアンは片手を上げ、突撃の合図を出した。
 バセリオ配下の騎士達が戦列を組んで一斉突撃し、コーネリアスの稲妻がテントの一つを襲う。メンガスとその部下達も、すでに潜伏を始めているはずだ。
 そしてシャルリアンも、戦歌も高らかに、死の旋風となって戦陣に突入した。
「コーネリアス!?」
 視界の端で、稲妻に撃たれたコーネリアスが、黒焦げになって倒れた。
 敵にも魔術師がいるのだ。砦の瓦礫の上に立つ、美しい緑の髪の女魔術師が、冷たい瞳でコーネリアスを見下ろしている。
「ミ…ル…ファ…」
 血の泡を数滴吹いて、コーネリアスは息絶えた。
「おのれっ、混沌に寝返るとは…人間め、恥を知れ!!」
 激怒したシャルリアンの前に、骸骨の顔、何十もの眼、鱗の皮膚、無数の低級なミュータントどもが溢れ出る。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 二本の刀が旋風となって吹き抜け、シャルリアンの背後にミュータントの血の海が広がった。
 ミュータント達の戦列が崩壊を始め、バセリオ部隊が焼けた城門の残骸に突撃する。
「恐れるな!! 我ら騎士には、皇祖セグナーの加護がある! 突撃、突撃ィ!!」
 その騎士達を、横から巨大な蹄が蹴り払った。
 まるで、グレートキャノンの一撃だ。
 馬が、甲冑が、天高く舞った。森の中から突如身を起こした巨大なミノタウロスが、騎士達に側面攻撃を仕掛けたのだ。
「馬鹿な…何という大きさだ!?」
 バセリオの叫びが、戦の喧噪の中に消える。
 稲妻が、騎士達を撃つ。
 何かに酔ったような盗賊達が、殺し合いをしている。

 これが……
 これが、混沌の力だというのか。

「久しぶりだな…。お前の妹の締まり具合、忘れてねえぜ」
 振り返った先には、邪悪な美貌のミュータントの銃口があった。

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