第八夜 トーニャ=グレイシャ
エルフと人。
男と女。
私はいつもその間。
どちらともつかない、誰にも顧みられない、二つの存在の合いの子。
トーニャ=グレイシャは、美しいエルフの森に生まれた。
だが、彼女の出産を喜ぶ者は、誰もいなかった。
エルフと人間の間に生まれた、忌まわしき子。しかもその身は、混沌の影響を受け、男女両方の性を持って生まれていた。
母方のエルフ達は、赤子を殺せと主張した。人間だった父は、生まれたてのトーニャを抱いて逃げた。
父はその時の矢傷で死んだのだという。
父の友人だった盗賊に育てられたトーニャは、やがて自身も街の影に身をひそめる職業に就き、日々の糧を人からかすめ取った。
身を守る剣術を覚えた。盗賊の暗号も習った。言葉遣いは粗暴になり、髪もピンク色に染めた。
好きなことと言えば、唄うことくらい。
緊張の日々を過ごし、追っ手から逃げ、トーニャは町外れの屋根裏で歌を唄った。
そんなある日、自作の歌がある大商人の耳にとまり、トーニャは吟遊詩人としての修行を始めることになった。
吟遊詩人。美しく着飾り、歌を唄えば食べていくことが出来る。夢のようだった。
だが……
そこでトーニャの前に立ちはだかったのは、エルフ達だった。
吟遊詩人という職業を生み出したのは、エルフ達だ。
彼らの持つ才能に比べれば、人間の歌の技術など児戯に等しいのだという。
自分のパトロンが主催した夜会で、トーニャが初めて唄った時、別の貴族はエルフの吟遊詩人達を雇い入れていた。
自分の後にエルフ達の歌が続き、トーニャは己れの実力を思い知らされた。来客の数人はトーニャにちらりと視線を送っては、哀れむように笑った。
エルフ達は嘲りの目で、トーニャを見下ろしていた。
あの声が、欲しい。
でも、自分は合いの子なのだ。
エルフの声を出せば、人間の声が濁る。
女声の高みを唄えば、男声がその足を引く。
幾晩練習しても、どれだけ祈っても、トーニャはエルフ達を越えられなかった。
やがて、寛容だったパトロンも、トーニャを夜会に呼ばないことが増えた。
このままでは、またあの生活に逆戻りだ。
あの声が欲しい。
二つの間で揺らぐ声ではなく、自分の声が欲しい。
自分の、居場所が欲しい。
月の下で独り歌い終えたトーニャは、目を閉じて涙を堪えた。
目を開けると、ぼやけた視界に一人の女性が立っていた。
美しかった。