CHAOS JYHAD 第十七話 祝福

「きれいですよ、シャルレーナ様」
 鏡の前に座ったシャルレーナのドレスを整え、立ち上がったパスナパはまぶしげに微笑んだ。
 窓から注ぐ柔らかい光。白い壁と白い鏡台が、光を浴びてにじむように輝いている。そんな小さな部屋で、パスナパはかいがいしくシャルレーナの世話をしていた。
「本当にきれい……うらやましいです…」
 押さえた胸の奥で、愛しいヴィランデルの顔が浮かび、つんと快い痛みが走った。
 自分が一番シャルレーナの喜びを理解できるんじゃないか、パスナパはそう思う。だからシャルレーナがまぶしくて、うらやましい。
 鏡の中の己れを眺めていたシャルレーナは、乙女のように頬を染めて恥じらうと、パスナパの顔を見上げた。
「ありがとう。パスナパさんも、こうなれるといいね」
「……はい」
 偉大な姉を持つ、ヴァイアランスの娘達。二人は互いの心を知るかのように微笑みを交わすと、しばし、じっと見つめ合っていた。

「邪魔するよ」
 白い控え室が、足音で揺らいだ。
 扉を窮屈そうにくぐり、巨大なドラゴンオーガがパスナパとシャルレーナの前に立った。先ほどはシャルレーナの髪を手入れしていたラディアンスが、しばらく席を外し、今戻ってきたのである。
「ええと……その、花婿ってわけじゃあないねェ……。こんな時何て言うのか……まあいいサ。お姉さんの方も、準備はできたようだよ」
「はい」
 静かにうなずくと、シャルレーナは鏡の前から立ち上がった。胸と下半身を大きく開けたヴァイアランスのドレスが、衣擦れの音を軽やかに立てながら、白く広がった。
 パスナパは何を手伝えばいいのか思案するが、ビーストマンにはまったくない習慣なので、勝手が分からない。結局、鏡の前の花束をいっぱい抱えると、シャルレーナの背後に控えることにした。
「うんうん、なかなか様になってるじゃないか。ホラ」
 シャルレーナを満足そうに見回したラディアンスは、器用に部屋の中で向きを変えると、ドラゴンの背をシャルレーナへと向けた。
「…ラディ姐?」
 怪訝そうな顔をしたシャルレーナに、ラディアンスは悪戯っぽい笑みを返す。
「花嫁の入場に、ちょっとばかり趣向をこらしてみないかい? さ、後ろの娘さんも、乗りなさいな」
 今朝から鳴り続けている祝福の鐘が、また大きく一つ、鳴り響いた。


***


 時は遡って、数日前の深更。四つ目の聖戦が繰り広げられた、その後の夜。
 魔山ヘキサデクスの上天に浮遊魔界の群が月の如く浮かび、迷宮の住人達はことごとく眠りか快楽を貪る……そんな時刻である。
 ここ、ヴァイアランス神殿の最上部にあるバルコニーでは、こともあろうにルキナザラその人が向かい合い、テーブルの上に置かれた杯を口に運んでいた。
「”祝福”を祈願しろと……そう、申しますの?」
 紅髪の貴人ザラは飲み慣れた魔酒で喉を潤すと、無邪気な笑みを浮かべるルキナに問いかけた。
「うん。あんまりやらないコトだけどさ……そうやって送り出してあげたいんだ」
 ルキナの微笑みは、いつも変わらない。ヴァイアランスを象徴するような、何者にも束縛されない笑み。
 けれどその笑みが、今夜はわずかな翳(かげ)りを含んでいる。他の者には覆い隠せても、ザラの目は誤魔化せない。
「…それなりに、考えてのことのようですわね。でしたら、仮にも今の神殿の主は貴方。私に異存はありませんわ」
 ザラは敢えてルキナの影には踏み込まず、簡素な答えを返した。
「ありがと」
「ただし」
 ザラはグラスをテーブルクロスの上に置くと、美しい五指で髪のロールをかき上げた。
「シャルレーナは私の戦士。彼女に”祝福”を授けるというのなら、私も儀式を手伝わさせていただきますわ」
「ザラ…」
「戦士と奴隷を繋ぐ祝福の儀……楽しみですわ。そうそう、シャルレーナ達エルフの習慣も取り入れてあげた方が、喜ぶかも知れませんわね」
 ザラは高貴な容貌に少女のような笑みを浮かばせると、弾んだ口調で儀式の準備について語り始めた。
「そうですわね……ザナタックに命じて、特別のプレゼントも……」
 ザラがそこまで言った所で、ルキナが立ち上がった。
「…ザラ…」
 ルキナは影を振り切ったような満面の笑みを浮かべると、突然、椅子に座るザラへと抱きついた。
「ザラ、やっぱり大好きだよぉ! ザラみたいなライバル、ボク、だいだいだい好き!」
「こんな所で……」
 ザラは呆れたようにバルコニーを見回すと、ルキナの体を膝の上に持ち上げた。
「仕方ありませんわね………。お祝いの前ですから…特別、ですわよ」
 ザラは椅子からバルコニーの床へと体を降ろすと、ルキナの柔らかな舌を吸い、熱い体同士を重ね始めた。


***


 シャルリアンは、鏡の中の自分の姿を見ながら、困惑していた。
 女らしい姿など一度もしたことがない自分を包む、純白のドレスが、その困惑の原因だ。

 ルキナとザラが用意してくれた、ヴァイアランスの”祝福の儀”。それは戦士と奴隷の個人的な盟約をヴァイアランス神に祈願するという、非常に珍しい儀式なのだという。
 周知の通り、ヴァイアランスには婚姻の習慣などがない。戦士と奴隷はヒーローの下で横並びに扱われ、ヒーローが特定の奴隷だけと交わり続けたり、戦士が個人的な奴隷を持ったりすることは、あまり見られないようである。
 それはもちろんヴァイアランスの教義から来る習慣であるが、”祝福の儀”はヴァイアランス神が恵む特例として、ヒーローの下でも戦士に個人的奴隷の所有を認めるものであるらしい。もちろん、戦士専属の奴隷とまでは言わないが……基本的に、奴隷の使用や奉仕に関しては、その戦士に決定権を与えるものである……そのようなことを、説明された。

 つまり”祝福の儀”は、ヴァイアランスなりの、婚姻に近い意味を持つのだろう。
 そのことを二人のヒーローから聞かされた姉妹は、この上なく喜んだ。儀礼にわざわざ森エルフの習俗を取り入れてくれると聞き、喜びはひとしおだった。
 ただ……シャルリアンは、すっかり失念していたのだ。
 婚礼の時、特別な恰好をするということを。
 鍛えられすぎた肉体を包むヴァイアランス風のドレスは、いかにも滑稽だ。いっそのこと、今まで通り全裸の方がまだいい……そうとすら思ってしまう。
 だが、だが、違うのは服を着ているという点だけではないのである。

「うむ、十分すぎるほど好調に機能を発揮しているようなのだな。やはり混沌変異をベースにすると、我輩の技術も冴えるのだ」
 シャルリアンの前にしゃがみこんでいたザナタックが、妙なことをつぶやきながら、シャルリアンの勃起しきったペニスをつついた。

「あぅぅっ!」
 まだ慣れない刺激に、思わずシャルリアンはしゃがみこんだ。
 臍よりも高く勃起した逞しい男根は、厚い腹筋と擦れ合いながら、小刻みに脈動している。触れればそれだけで爆発してしまいそうで、シャルリアンは下唇を噛みながら快感に耐えた。
「や……め……てくれ…。まだ…慣れてない…」
「まあまあ、そう心配して脳内物質を分泌しなくても良いのだ。それ、亀頭の裏側に金純度の高いリングが通してあるだろう。それには魔力が籠もっていて、特定の相手の膣内以外には射精できないよう、生理機能を抑制しているのだ。お前の妹の胎内に挿入するまでは、精通することはないから、安心するのだ」
「せっ…精通……」
 妹の胎内で精通などという言葉を聞かされて、シャルリアンは長い耳の先端まで真っ赤になった。

 そう、今のシャルリアンには、自分自身のペニスがあるのだ。
 つい昨日、シャルリアンはヴァイアランス神の寵愛の証として混沌変異を戴き、両性具有となった。
 生えてきたモノに慣れもしないうちに、魔力を持つというリングピアスを施された。しかもザラは怪しげなケイオスドワーフを連れてきて、「プレゼント」としてペニスを強化するなどと言う。
 ただでさえエルフとは微妙な関係にあるドワーフの、しかもケイオスである。シャルリアンは慌てて逃げ出したのだが、ルキナ様本人に捕えられ、結局怪しげな薬品を投与されてしまったのであった。
 かくしてシャルリアンの股間には、異様なまでに精力に満ち、しかも妹の膣でしか射精を許されないペニスが、休むことなく脈打つことになった。
 着慣れないドレスの股間、ヴァイアランス様式で大きく開けられた股間から、今まで無かった巨根がそそり立っているのである。さすがのシャルリアンも、羞恥の極みであった。

「にいはお、矮人子」
 さらなる試練は、紫金の大蛇の姿をとって現れた。
 ルキナ勢の戦士・伊娃(エワ)が、スルスルと音を立てつつ、控え室に入ってきたのである。
 シャルリアンには意外だったが、剣士である伊娃は、仕立てや刺繍にも驚くほどの腕を持っているらしい。迷宮の住人達の協力も得つつ、シャル姉妹のドレスをたちまちのうちに仕上げてしまったのは、伊娃だったのだ。
「その呼称は理由がないが承認し難いのだ。ザナタック様などと呼称すると良い」
「そう? ザナタック・さ・ま」
 何が気に入らないのか指を立てて抗議するザナタックを、伊娃はにこりと笑って受け流した。
「あの…伊娃様、何か…」
「衣装を作った者として、最後の出来映えくらい、見ておかなくちゃと思って。うん…とっても立派ね…」
「伊娃様……どこを……」
 ドレスのことなど見向きもせず、シャルリアンのペニスをじっと見続ける伊娃。シャルリアンは股間を隠したい衝動を抑えながら、控えめに抗議した。
 伊娃に見られていると思うと胸はますます苦しくなり、ペニスの先端からは透明な分泌液が糸を引きながら垂れていってしまう。
「ダメなのだ、エワなどという難解な名前の人物! そのエルフの生殖器は、実妹との交尾行動のために、使用禁止なのだ!」
「でも…ザナ様、触らないで見てる分には、問題ないでしょう?」
 伊娃は何の予告もなくザナタックのペニスを握ると、それを艶っぽい手つきでさすりながら、唇をほころばせる。
「こうやって…触ってるわけじゃないし……ね?」
「うみゅ……まあ、エルフは被視によって性的興奮を覚えているようであるし、そうすれば精子の生産も促進されるであろうから、まあ良いのだ」
 不意を打たれたザナタックは、努めて平静を装うような表情で、シャルリアンのペニスを見やった。
「じゃあ、例えば……シャルのペニス以外の所を触ったり、色んなことを見せつけたりして……シャルの精液をもっともっと溜めてあげても、いいのよね?」
「ふむ…そうなのだな…」
 伊娃とザナタックの瞳が、たちまち妖しい色を帯びてきた。
「や……やめてくれ……拷問だ……」


 十分ほど後。
 ルキナ勢奴隷のジュヌビエーブは、シャルリアンの入場が近いことを知らせるために、控え室のドアを開いた。
 肝心のシャルリアンは、目に涙を浮かべ、ペニスが張るあまり膝も笑っているような状態だった。
 ああ、そんなに嬉しいんですね〜♪、とジュヌビエーブは微笑んだが、シャルリアンはなぜか、笑い返してくれなかった。

NEXT