by 神宮寺
「でぇねぇ~、その時に司令が言った台詞がまた凄いのよ」
居酒屋の片隅で、勢いよくいい放つ葛城ミサトの手中では、ジョッキの半分ほどと
なったビールが嵐の海のように揺れている。
「なんて言ったんです葛城三佐?」
「それが何と、『乗るなら早くしろ。乗らないなら帰れ』ですって!とても息子を
死地に送る父親の台詞とは、思えなかったわ」
「うわぁ~そんな酷い事言ったんですか?しんじらんな~い」
「でも、碇司令が『シンジ、お前がエヴァに乗らなければ世界が滅びる』といった
台詞を言うのも恐い気がしますけど.....」
「そりゃそーだけど、碇司令の肩を持つなんて、青葉くん、どうかしたの?」
「そうだぞ、青葉」
ここぞとゴマをする、日向。
「いや、でも....それだけ切迫した事態だった訳でしょう。
大体、そんな事を言うって事はシンジくんの性格を読んでたんじゃ...
一応、親なんだし、なにか勝算がなきゃ言えませんよ、普通」
「でもね、その後にもっと凄いことしたのよ、碇司令は.....
レイを呼びつけて、シンジくんが乗らないからレイに乗れっていったのよ。
シンジくんの目の前でね」
氷りついたような沈黙が、そのテーブルを支配した。
「あの時のレイちゃんって確か......」
「うん、零号機の暴走事故で包帯まみれだったんじゃ......」
「点滴付でストレッチャーから指一本動かせない状態だったわ。おまけに零号機の
起動試験での暴走から、レイが初号機を動かせる可能性がほとんどないって事は、
碇司令が一番よく知っていたはずよ」
「それってつまり......」青葉の声は微かに震えていた。
「そう、立派な脅迫ね。仮に青葉くんの言うようにシンジくんの性格を読んでやっ
ていたのだとしても、普通、そこまで絶対にできないわね」
ミサトはやけくそ気味に言いきると、残っていたビールを一気に呑み干した。
テーブルについていた他の三人は声もでない。
「すいません、中ジョッキもう一つ」
......訂正。日向はミサトのビールのおかわりを頼んでいた(^^;。
「そういえば、葛城三佐は知らないでしょうけど......」
伊吹マヤはそう前置きし、第十三使徒の迎撃の時の話をしはじめた。
「零号機の左腕に使徒が侵食してきた時、躊躇なく『切断しろ!』って....
私、神経切断が間にあいません....って抗議したんですけど......」
その時の事を思い出したのか、マヤの瞳には涙が浮かんでいた。
「....痛かっただろうな」
青葉はさり気なく、バンダナを取りだし、マヤの前にさし出す。
ミサトは何も言わずジョッキを乾かす。
「すいません、中ジョッキもう一つ」
......声の主は言うまでもない(^^;。
「でも、それが碇司令の凄さね......」突如、ミサトの背後で声があがる。
「指揮官にとって最も重要な資質は、最適と思われる決定を必要な時に決定を下す。
そしてその決定を実行に移す時には、いかなる躊躇もしない。例えその決定が、
味方に多大な損害を強いるものであっても。
最高の指揮官とは、兵に最も嫌われる人間の事をいうのかもしれないわね」
「先輩.....」
「もう仕事終わったの、リツコ?」
「えぇ」首肯しながら赤木リツコは鞄からクリップで留めたファイルを取りだし、
一部づつ手渡すと、テーブルの空いている席についた。
「なにこれ?」
素っ頓狂な声を上げたのはミサトだが、他の3人も同じ気持ちだった。
何故なら手渡されたファイルの表紙には極太明朝体で麗々しくこう書かれていた。
『 - 碇ゲンドウと呼ばれる物体に関する第十七次中間報告 - 』
彼女がいったい何の目的で誰に報告しようとしているのか考えると恐いものがこみ
上げてくる。他の3人が呆れて声も出ないのは、当然と言えよう。
「赤木博士、はい、メニュー。え~と飲みものはモスコミュールでしたっけ?」
......再び訂正。日向を除いて(^^;。
「見てのとおりよ」
憮然とした表情で一同を見回しながら宣言した。ちなみに、宣言する前にしっかり
料理を選んでいるあたり、この人も尋常でない(^^;。
「この間、暇だったからMAGIにシミュレートさせといたの。結論から言うと、
碇司令は95%の確立で責任者として最適な行動をとっていたと、MAGIは断
定したわ」
「最適な行動って.....どの行動についてです....?」
「もちろん、全ての行動についてよ。わ・か・る・?すべての局面において碇司令
がとった行動は肯定されたのよ。つまり、碇司令は完璧ってわけ.....」
「リツコ........」友人が上げる不安の声も当然届かない(^^;。
「例えば、今話題に出ていた第3使徒の迎撃戦の時のシンジくんへの脅迫ともとれ
る言動についてだけど、MAGIのシミュレート結果でもこの方法が最適と断定
しているわ。この事についての詳細は、配ったファイルの12ページに載せてあ
るわ。そして、この決断は意外な副産物を生むわ。レイのシンジくんに対する好
意ね。まぁ、重傷の自分を助ける為に、命をはってくれたんだから当然ともいえ
るけど。この証拠に21ページのシンクロテストの結果でシンジくんが一緒の時
とそうでない時とでは、テストの結果に明確に有意差を認められるわ。不器用な
あの子らしいわね。でも、これさえも碇司令は予測していたのだと、MAGIは
断定しているわ。世界を破滅の危機から救うと同時に、奥手の息子にそれとなく
ガールフレンドを作ってやる。まさに完璧ね。碇司令はこの麻の様に乱れきった
世界を救う為につかわされた.......」
......完璧に一人の世界に逝ってるリツコであった(^^;。
「MAGIが断定したっていったって.....」とミサト。無論、小声である。
「プログラム組んだのはリツコだもんね....」
「だいたい、その判定に、使徒との勝率ってどの位に見積もってたんでしょう。
しかし、世界一のスーパーコンピュータにそんなことやらすなよな....」
「先輩、不潔です」
「すいません、モスコミュール一つ、鳥カラ、竹輪の磯辺揚げ、和風サラダ二つ
づつ。あ、あとウーロン茶と中ジョッキ3つ」
......会話に加われよ、日向(^^;。
「う~む、よく調べてあるな.....」リツコの背後から新たな声があがる。
「しかし、奴の心理に対する考察が足りない」
「冬月副司令......」
冬月は『碇ゲンドウと呼ばれる物体に関する第十七次中間報告』を片手でめくりな
がら、何故かいつの間にかそこに立っていた。そして、テーブルのメンバーを見渡
すと、冬月の突然の登場に茫然としている彼らに向かい、再び口を開いた。
「日向君、『真澄』の冷酒を。あとホタルイカの沖漬けとナスの揚げ出しを」
ふ、冬月.....お前だけはまともだと信じてたのに(ToT)。
裏切ったなー、僕の気持ちを裏切ったなー(笑)。
「私の報告書のいったい何が足りないっていうんですか?」
モスコミュールを一息で呑み干すと、普段と同じ口調で赤木リツコは切り出した。
なお、冬月の音頭で乾杯をした後でというのが、彼女も日本人の証拠であろう(^^;。
「ふむ、確かにこのレポートはよくできておる。例えば24ページの『碇ゲンドウ、
外ン道と呼ばれる由縁5箇条』なんか、委員会へそのまま送ってもいいくらいだよ」
「お言葉ですが、冬月副司令.....」
「いや、そう熱くなることもあるまい。赤木君。君のレポートは委員会も高く評価
しているよ...」
「そうでしょうか?その割には、私に対する委員会の態度は....」
......委員会って、いったい何をやっているんだ(^^;。
「あぁ、先輩。完全に逝ってるわけではないんですね」とマヤ。小声である事は言
うまでもない。
「甘いわね、マヤ」と、ミサト。こちらも小声である。「次のページをよく見て」
「葛城三佐、こ、この『碇司令が完璧な理由108箇条』って」
「落としてから、持ち上げる。昔っから天の邪鬼なんだから」
「先輩.....」
「2次会は何処にしようかな。やっぱカラオケかな。葛城さんって、マイク持った
ら離さないからな~。赤木博士はニューミュージックしか歌わないし、青葉は勝
手にギター弾くし、マヤちゃんはアイドルしか歌わないけど何かどこかものたり
なさそうな顔しているし...そういえば冬月副司令の『マイウェイ』は絶品っ
ていう噂だけど...とりあえず混んでいるか聞いとくか。え~と、ピッポッパ」
......いや、そういう役目をする人は、必要だと思うんだけど(^^;。
「君の観点はあまりに一方的すぎる」
周囲の思惑を無視し、というより、気づかないまま(^^;、冬月とリツコの論争は意
味もなく白熱し、結果『碇ゲンドウ』を巡る、それも彼が赤木リツコの言うところ
の完璧か否かの水かけ論に発展(?)している。おそらく人類史上最も空しい水かけ論
に違いあるまい(^^;。
「しかしですね、副司令」
次の瞬間、冬月とリツコの人類史上最も空しい水かけ論はついにピークを迎えた。
「いや、君は彼の真の姿を知らないから...」
それは、決定的な一言であった。
「......私が碇司令の真の姿を知らない」
この瞬間、そのテーブルについていた人間の動きは凍結した。この時不幸にも赤木
リツコの隣に座っていた葛城ミサト(29)は、後にこの時の光景をこう語っている。
『リツコとは大学時代から知ってますけど、あんな恐い顔は見た事がないわ』
また青葉シゲル(25)はこう語っている。『道成寺の清姫...い、いえ、なんでも
ありません。聞かなかったことにしてください。おねがいします』伊吹マヤ(24)は
こう語っている。『先輩、不潔です』そして、日向マコト(25)はこう語っている。
『赤木博士のモスコミュールが空になってるから頼まなきゃ...』
......ここまで来ると見事だぞ、日向(^^;。
「語っていただけますね。碇司令の真の姿を...」
数秒の沈黙の後、決意を固めた表情で赤木リツコはそう切り出した。
「後悔するぞ...」
「大丈夫です」
「そこまで言うのなら本当の事を話そう」
長く激しくそして意味のない論争に疲れたのか、冬月はそういうと、一合升に半分
ほど残っていた真澄を一息で飲み干し、ため息を漏らした。言外に『あぁ、こんな
ことは言いたくないんだが、君がそこまで言うのならいたしかたない』という雰囲
気を過分に醸し出している。実に見事な責任回避である。この辺は伊達に10年も
ゲンドウの側にいるという無駄をやってはいない。
「碇の本質だが....」
周囲を見渡し、効果とタイミングを計って話し始める。
「司令の本質.....」
リツコだけでなく、他の面々も思わず息を飲む。
「信じてはくれないだろうが、あいつは実は...」
「碇司令は実は....」
「すいませ~ん、真澄とモスコミュールを一つづつ」
アレッ、ミンナ、ドウシタノ?...ドガッ!ドガッ!ゲシゲシッ!!
......なお、日向マコトは死んでもメニューを離さなかったそうである(合掌)。
真澄の一合升を一舐めすると、冬月はおもむろにテーブルを見渡した。テーブル
には先程の顔ぶれから何故か一名少なくなっていたが、気にする者はなかった(^^;。
「碇の本質だが、いきなり話すより、まず補助線として、奴の論法について話そう。
赤木君、君は彼が他人を説得する時の方法をどう思うかね?」
「完璧です」
「赤木君...」冬月の声に苦笑が混じる。
「報告書の58ページにも書きましたが...」なお『碇司令が完璧な理由108
箇条』の37箇条目である(^^;。
「碇司令の論法は常に奇襲にあると言っていいと思います。論争相手が予想しない
方面から質問、ないし提案を行い。相手が混乱している間に、用意しておいた代
案を実行に移し、その主導権を握ります。そして....」
「葛城三佐、それってつまり...」青葉の声はもちろん小声である。
「そう、無理難題をふっかけて相手がオタオタしている間に好きかってやるって事」
「...まるでヤクザですね」
......マヤ、一応上役だぞ(^^;
「うむ、それが碇の常当手段だ。例えるなら、禁煙ではないが、非喫煙者が主流を
占めている集団のド真ん中で、いきなり煙草を吹かし、周囲の人が慌てて『君、
健康の為に少し謹み給え』と、それとなくマナー違反を注意すると『それは君の
注意すべき問題で、私には関係がない』と答え、相手を煙に撒いた隙きに自分の
思う通りの事をやるといった....」
「冬月副司令も穏やかな様で随分きつい事言ってません?」
「ストレス溜まってるのよ、きっと」
「ところで、日向君」
突如、呼びかけられた青葉は怪訝な顔を浮べた。
「うん?どうしたかね、日向君?」
「あの...日向でしたら、先程酔いつぶれて皆に介抱されてそこで寝ていますが」
時計の秒針が一回りする間、沈黙がテーブルを支配した。
「副司令、青葉です」リツコが小声でフォローする。
「こほん」咳払いを一つ。
「ところで、青葉君」皆、大人だなぁ(笑)。
「碇は何故、その様な方法を取ると思うかね?最も順当な方法は他にもあるのに。
例えば、第3使徒迎撃の時だが、使徒が迫るギリギリの時にシンジ君を呼び寄せ、
いきなり初号機に乗せて戦わせるより、シンジ君がサードチルドレンと判明した
時点で、彼を自分の元へ呼び寄せ、レイと一緒に教育するといった順当な真似を
何故しなかったと思うかね?」
言われてみれば、至極当然の事である。だが、あまりにも当然過ぎて、更に言うの
なら、使徒の来訪以来あまりの忙しさに今まで誰も考えなかった問題である。もっ
とも、だからと言って今更言ってもしょうがない問題ではあるが。冬月が、敢えて
唐突にゲンドウの論法云々といった回りくどい言い方をしたのは、その事を考えさ
せる為だったのだろう。
......しかし、そう思ってたのなら、ゲンドウに二人を引き取らせとけよ、冬月(^^;。
冬月の言葉は、テーブルについていた面々に彼の予想以上の波紋を引き起こした。
青葉シゲル(25)は、こう思った。
「碇司令がシンジ君とレイちゃんを引き取るって....やっぱ、碇司令が面倒みるん
だよなぁ....って、ことは、姉さんかぶりに割烹姿でおさんどさんするのかなぁ」
……想像するだに恐ろしい光景だなぁ(^^;。
葛城ミサト(29)は、こう思った。
「碇司令がシンジ君を引き取る....って、ことはシンジ君を引き取らなくてもいい
....つまり、アスカも引き取らなくていい......って、ことは、加持君と
あ~んなことや、こ~んなことも。ううん、それどころか、もっと........」
……取り敢えず、よだれを拭きなさい。よだれを(^^;。
そして、赤木リツコ(30)はというと.....
『碇司令が.....レイとシンジ君を引き取る → 碇司令が二人の面倒をみる
→ でも、司令にそんな真似ができるはずがない。あの人がそんな真似を...
つまり...そうすると.....他の誰かの力が.........
ある日、私を呼んでこう言うのよ。「赤木君、シンジとレイの母親になってくれ
ないかね......」そ、それって....いいかもしれない.......』
なお、伊吹マヤ(24)は、こう思っていた。
『先輩も葛城三佐も不潔です!』
......私も同感だよ、マヤ(^^;。