【SS】かわいい人 < 後 編 >

by 神宮寺


 

 

 自己のストレスを他人への暴力で発散している部下達(要するに日向をタコ殴り

している。理由は言うまでもないね(^^;)を脇目に、冬月はつけで支払いを済ませ、

そそくさと戸口へと向かい、玄関先に待ち合わせていたネルフ公用車に乗りこんだ。

 

 

バタンッ....フゥゥゥッ

 

 

「冬月先生、お疲れさまでした」

「何だ、先に帰っていても良かったのに」そう言いつつ、運転手に手で合図する。

車はゆるやかに加速を開始する。ちなみに前席と後席の間は強化硝子で仕切られてい

て、インターフォンを通じてしか会話する事ができない。

 

「そういう訳にはいかないでしょう。で、どうでした?」

心配症だね、相変わらず。一体、何をそんなに不安になっているのかね?」

「不安....そうですね。自分のやっていること全てに不安だと言ってもいいのか

 かもしれません。いや、自分が被っている仮面に....」

「大丈夫だよ」冬月は不安に怯える旧友の肩を軽く叩き、諭す様に答えた。

「君の部下達は、君の事を尊敬しているよ。もっと自信を持ちたまえ」

「そうでしょうか....私のいない所で私の悪口を言っているのでは....」

「悪口の一つや二つは上に立つものの宿命だよ。それくらい割り切りなさい」

「そうですね.....でも、先生。私はたまらなく不安になるんですよ。自分の

 やっている事に自信が持てないんですよ」

 

 

『またか』冬月は心の中で舌打ちをする。だが、それを表にだす訳にはいかない。

優秀な教師だけが持つ仮面を被り、慈愛に満ちた表情で、諭す様に語った。

 

 

「そんなに、息子を手元に置かなかった事を悔いているのかね?」

「いえ....それは.....」

「使徒と戦うには、エヴァに乗る為には、常に心をある種の飢餓状態におかねばな

 らない。エヴァシステムの最大の弱点だが、世界を守る為に敢えてになる。

 そう決めたのはの筈だ」

「そうですが、あれに申し訳なくて....特に第拾三使徒との戦闘では....」

「まったく、息子を友達と戦わせたくなかったのなら、最初から選ばなければよか

 ったじゃないか」

「そうですね....でも、友達と一緒ならあいつも嬉しいじゃないかって思った

 んですが、浅はかでした.....だから、せめて....」

「もういいじゃないか。済んだことなんだし」

「でも....冬月先生。私の判断ミスのせいでキョウコさんの娘にも酷い目に合

 わせてしまったし.....それに....」

「血が繋がっていないとはいえ、姪にも過酷な運命を背負わせるのは心苦しいと」

「えぇ、あれの両親は駆落ちした為、本家とは絶縁状態なんで、父親の性を名乗ら

 せていますが。いくらなんでも、あの娘にまで惨い重荷を背負わせななくても」

「事故で両親を失い、外傷とショックで記憶を失い、心がズタズタに裂けた彼女の

 治療方法は、エヴァシステムを用いる以外ないのは、君が一番よく分かっている

 はずじゃないか」

「あぁ、せめて私が本家にもう少し強い事が言える立場だったら....」

「彼女と所帯を持てた筈だと」

「先生、それだけは、言わんでください」

「君は優し過ぎるねぇ。自分がいつ死ぬか分からない。もしそうなったら、彼女の戸

 籍に傷がつく。だから、プロポーズを控えるだなんて。彼女がそんな事を気にする

 と思うかね?」

「でも、いくらなんでも、30でいきなり二人の子持ちにするのは可哀想すぎるし、

 第一.....」

「自分だけ幸せになるのは、死んだ女房に申し訳ないと」

「先生....」

そこまで言うのがやっとだったのか、男は強い度が入ったサングラスを外し、目頭を

押さえながら、大声で嗚咽しはじめた。

「先生...わし、女房がいないと、ほんと人と話すのも恐くてしょうがないんです。

 女房の薦めでサングラスを架ける様になる前は、ほんと人の視線が恐くて、いつも

 逆に他人の神経を逆撫でする様な事しかできなかったんです。昔に比べて大分慣れ

 ましたけど、今でも、部下達に向かって最小限で突き放す様な事しかいえません。

 あれは、いつも陰に廻ってわしを励まし奮い立たせてくれました。10年前、あれ

 が死んだ時、ほんともう駄目かと...先生が、先生が居てくれなかったら...」

 

「大丈夫だ。大丈夫」冬月はなだめる様に言うと、旧友の肩に優しく手を置いた。

慈愛に満ちた教師そのままの姿で。

 

「冬月先生....」涙を貯えたまま、上目づかいで冬月を見上げる四十男の瞳は、

無垢な小型哺乳動物のそれを連想させた。そしてその瞳は、16年前、自分の教え子

が、彼を評していった言葉を思い出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           『あら、冬月先生。

 

            あの人は、とても、かわいい人なんですよ。

 

            みんな知らないだけです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユイ君、本当に君の言う通りだよ。そして君は、その事を自分だけの秘密にして

 いたのだね。そして....今、その事を知っているのは俺だけだ......』

 

冬月は先程の居酒屋での会話とその後に想いを巡らせた。

 

『きっと明日は多分赤木君辺りが、目を赤くして不安気に尋ねてくるのだろうな。

 「冬月副司令....昨日の御話なんですが」って具合に。勿論、俺は答える。

 穏やかに微笑みながら。「何の事かね?あぁ、昨日は楽しかったね。まったく、

 皆、ノリがいいな。私のつまらない冗談に付き合ってくれて」と....』

 

 

彼の相貌に笑みが浮かぶ。それは己が支配する街に火を放った狂王の笑みと似ていた。

 

 

『そう、全てはそれですむはずだ』

 

 

冬月は知っていた。人は事実よりも真実を欲しているという事を。自分が納得しやす

い心温まる真実を欲しているのだという事を。特に、事実が目を背けたい場合、人間

とは安易に自分にとっての真実の世界へ身を置きたいのだという事を。優秀な教師で

もある彼はその事を痛い程よく知っていた。

 

 

「先生、これからも、どうか、わしを見捨てないでやってください。今までの様に、

 どうか、どうか、わしを導いてください。先生の迎しゃる事なら、わしゃ、どんな

 事でもやります。今までやって来た様に、どんな事でもやります。だからどうか、

 わしを見捨てないで下さい..........どうか、お願いします、冬月先生」

 

 

冬月は、彼に涙ながらに哀願する自分の上司に向かい、優越感と加虐心、そしてある

種の独占欲が入り混じった複雑な想いを噛み締めながら、心の中で呟いた。

 

 

『ユイ君、天国で見ているかね?

 

 君が全て正しかった。全て、君の言う通りだったよ。

 

 まったく、本当にかわいい人だよ。

 

 .................碇 ゲンドウは 』

 

 

 

< 完 >

 


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