この部屋に来るのは、久しぶりだ。
相変わらず殺風景な部屋。閉め切った窓からはそれでも月明かりが差し込んで、辺りはほんのりと青い。
「カナディア」
ボクが声を掛けると、乱れたベッドの上で、機械の体を持つミュータント……カナディアが、身じろぎした。
「ルキナ…様…?」
ボクの訪問に驚いたのか、カナディアは身を起こした。
「今夜もあんまり食べなかったって、サワナに聞いたからさ。食べなくても保つのは分かるケド…最近、顔も見せてくれないし」
「………」
カナディアが、立てた膝に顔を埋めるようにして、黙り込んだ。
でも、そういう「会話の機微」みたいなモノは、ボクには通用しない。
ボクはカナディアの隣にひょいと座ると、その少し冷たい肌に頬を当てて、早速言うべきことを言った。
「シャルがいなくなって、淋しいよね」
カナディアは、少し震えたみたいだった。
ボクと、ザラと、みんなに祝福されて、シャル達姉妹は一緒に暮らし始めた。
ボクも初めは少し淋しかったけど、何度か二人のトコへ遊びに行って、いくらか慣れた。
けれど…カナディアは、祝福の儀を行った日から、部屋に籠もりがちになって…あまりみんなの所に顔を出さなくなったんだ。
これでもケイオスヒーローなんだから、ボクだってカナディアの気持ちくらい分かる。
だからボクは、ザラに相談した。
その相談の結果を話すために……ボクは今夜、カナディアの部屋を訪れたんだ。
「ルキナ様……」
カナディアが、搾り出すように呟いた。
「俺も…」
うん、とボクは無言でうなずく。
「俺も、あんな風になりたかった…」
カナディアは、少しやつれた顔を両手で覆いながら、そう言った。
そのまま、しばらくの静寂。
ボクは待った。
カナディアの中にいっぱい詰まっていた気持ちが、形を変えて、言葉になって出てくるのを待った。
「シャルのこと…好き……多分…好き…だったんだ…」
どのくらい経ってからか…カナディアがつぶやいた。
「でも、分からなかった。どうすれば…好いてることになるのか…分からなくって…俺…。ほんとは、レーナみたいに…カナディアと一緒になってみたかった…でも…シャルを苛めるばっかりで……」
「うん」
小さく震えるカナディアの肩を、ボクは抱きしめた。
「だって…俺…ルキナ様に会うまで…人と好き合ったことなんかなくって…か、体を使うことの他に…どうすればいいのかとか…全然分からなくて……」
ボクの胸に、カナディアの涙の温度が広がる。
「なんで俺…こんな風に産まれたんだろ……こんな体で…ずっと…一人だった…妹とかもいなくて…ぐっ…それで…俺…」
カナディアはもう涙を隠さずに、ボクに泣き顔を向けると、こう言った。
「俺…このまま…いつまでも、ずっと…誰かを好きになる方法、分からないのかな……ただ…訳も分からずに、セックスしてくしかないのかな……」
「そんなこと、ないよ」
何のひねりもないけれど、ボクは思った通りに答えた。
「知りたかったら、ボクがどんどん教えてあげる。だからすぐに、なれるよ。みんなと…ボクと、シャル達と、お互いに好きになれる。愛し合えるよ」
「…ルキナ様……」
カナディアはボクに抱きつくと、小さな子供みたいに、震えていた。
だからボクはそのまま、カナディアを抱いていてあげることにした。
ずっと、ずっと。月明かりの青が和らいで、朝の光に変わるまで。
***
「シャル…と……?」
朝食を少しだけ食べて、落ち着いていたカナディアは、ボクの言葉を聞いて目を見開いた。
「うん。シャルと暮らしたら、って言ったの。その辺のこと、ボクとザラとでこないだ話し合ってさ…だからホントは、それを知らせに来たんだよ、ボク」
「で、でも…俺…っ…」
「うん、分かってる。難しいよね。だからさ、とりあえず話だけでもしとこうよ。ザラの方が、ボクより難しいコト話すのが得意だし。ね?」
カナディアがためらうのは分かってるけど、とりあえずザラと一緒の所まで引っ張っていくのが、ボクのもくろみだった。
「シャルのこと好きなんだって、昨日分かったんだから。ずっとこのまんまじゃイヤだって、言ったんだから。だから、ね、行こ?」
「………」
カナディアは、昨日の夜に溢れ返った自分の気持ちを整理するかのように、しばらく目を閉じていた。
「分かった…。ルキナ様の、言うとおりだもんな。昨日…あんな風に言って…俺も、自分のことが分かったし…だから…」
カナディアは立ち上がると、ボクに向かって頭を下げる。
「よろしく、お願いします」
聞いたこともないカナディアの言葉に、少しびっくりしたけれど、ボクもすぐ返事を返した。
「うん!」
ひとまずここまでの大任を終えたボクは、ふう、と小さく息をすると、テーブルに置かれたココアを一息に飲み干した。